03. 多忙や心労がかかわるめまい、難聴(メニエール病)

1)実際には少ない病気

浮遊耳石症についで多い病気はメニエール病ですが、最近5年間の集計にかぎると、全体の12~14%にすぎません。前医でメニエール病の診断の多くが誤診で、実際は浮遊耳石症です。発症年齢は30~50代の勤労世代が突出し、富士山のような分布を示します(下図、左上)。女性が男性の1.4倍です。女性の30~40代は育児や兼業で忙しく、50~60代も家族の病気のケアや介護に追われます。男性の30代は肉体的に多忙、40~50代は職場ストレスの多い世代です。統計からも、メニエール病が多忙やストレスのかかわる病気と言えます。発病早期の受診は少なく、年余をへての受診が多いため(下図、下)、受診年齢は高齢の割合がふえています(下図、右上)。

メニエール病発症年齢

2)症状

メニエール病の症状は、数時間つづく回転性めまいと吐き気や嘔吐、耳鳴り(ブーン、キーン、ジー、シャーなど)、難聴、耳の閉塞感や圧迫感がとつぜん発症し、不規則に反復します。聴力検査で、大多数が低音障害を示します(下図、上段中)。発症早期には、数日から数週で自然に軽快しますが、しだいに改善しにくくなります。低音障害が長引くと、ある時から高音障害をともなって軽快しにくくなり(下図、上段右)、数年後には全音域の障害へと、規則的に進行するのが通例です(下図、下段左))。年余をへて一側の難聴が高度に進行すると、健側の耳にも発症するやっかいな病気です(下図、下段右)。

メニエール病はよく知られている割に、本物のメニエール病(確実例)は少なく、誤診がきわめて多い病気です。誤診の多い理由は、良性発作性頭位めまい症の診断基準に「耳症状をともなわない」の一文があるためです。本物のメニエール病でも、30%前後は浮遊耳石症を合併しています。メニエール病と似た難聴でめまいを欠く例を、低音障害型感音難聴とか蝸牛型メニエール病とよびます。メニエール病は軽快すると、まず回転性めまいが消えますが、この状態は低音障害型感音難聴そのものです。

メニエール病の難聴進行パターン

3)難聴は規則的に進行する

当施設12年弱のメニエール病1,337名について、自覚症ではなく、初診時の聴力(両側性では重症側)を前の四つの聴力型に分類し、罹病期間別の割合を集計しました(下図、左上)。罹病期間を倍数(1.5ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、1年 – – 対数表示)で示すと、低音障害の割合は減少、高音障害の割合は不変、全音域障害の割合は一直線に(罹病期間の対数に比例して)増加しています。同様に、難聴が左耳か右耳か両側かを、聴力図を元に集計しました(下図、右下)。左耳の発症が右耳より少し多く(1.3~1.4倍、統計学的に有意の差)、両側の割合は罹病期間とともに増加しています。本物のメニエール病は、病気が長引くと確実に進行し、ストレスが継続すると、最終的に両耳が高度の難聴をきた可能性があります。

メニエール病1,337名聴力分布

4)生活環境と合併症

メニエール病1,277名の職業

1970年代には、メニエール病はホワイトカラーの中間管理職病といわれましたが、現在は様変わりしています。主婦(常勤を除く、パートを含む)、無職(以前発症の高齢者が多い)、事務職、現場作業、販売・接客業が上位をしめます(上図)。多忙、派遣社員やシフト制、管理される職種が上位をしめる傾向があります。絶対数は多くありませんが、最近は教師や介護・福祉に関連した職種が目につきます。合併症は不眠症が全体の30%前後に見られるほか、目立った病気はありません(下図)。

 メニエール病1,008名の合併症(2006.5-2014.9)

5)メニエール病研究の歩み

過去に、メニエール病研究論文をwebで検索したことがあります。1950年から2010年までに5,074件の文献が見つかりました。これらをいくつかの大項目に分類し、年代別に集計したものが下の表です。総説735件、病因や病態1,032件、検査、診断1,282件、治療1,711件、統計146件、症例報告117件、QOLに関係したもの51件でした。内耳の一つの病気としては、おそらく最多の論文数と思われます。病因・病態の項目を見ても多彩で、あたかも「群盲象をなでる」の譬えのとおりです。これを分かりやすく、棒グラフにしたものが下図です。

Web検索によるメニエール病関連論文の年代推移(5,074件、1950-2010)

Webによるメニエール病の病因・病態論文(n=1,032, 1950-2010)

形態学的研究は、亡くなったメニエール病患者さまの側頭骨内耳の形態学的な研究です。全年代でもっとも多い手法ですが、1980年代をピークに減少しています。実験的内リンパ水腫は、モルモット内耳に操作を加えると、一見、メニエール病に似た内リンパ水腫を実験的に作ることができます。本法で作成した内リンパ水腫で、ヒトのメニエール病の病因や症状を、解き明かそうというものです。今でも利用されていますが、1980, 90年代がピークで減ってきています。免疫・免疫異常は、局所の免疫異常がメニエール病の発症にかかわる、自己免疫疾患の可能性を研究するものです。1990年代に注目されましたが。現在ではほとんど顧みられません。

2000年代に入り、水代謝にかかわるホルモンの論文が急増しました。一時、注目されましたが、病因解明や治療に結びつく成果をあげていません。ヒトのゲノム解明にともなって、ゲノム塩基配列の一塩基変異(SNP, Single Nucleotide Polymorphism、スニップ)が注目を集めました。しかし、メニエール病は遺伝性疾患でなく、本手法はいまのところ成功していません。メニエール病は長らくストレス病といわれてきましたが、年代を通じて、ストレスに関わる研究は少数にすぎません。このように、メニエール病の病因について、多くの研究が実施されてきましたが、テーマがファッションのように変わり、いまだに核心は解明されていません。

6)素因と発症誘因

以前から、メニエール病は几帳面、まじめ、遊び下手の人が多いといわれてきました。過去に、患者群(メニエール病185名;低音障害型感音難聴144名)と、地域住民799名に同一アンケート調査を実施し、性と年齢を対応させて比較(χ2検定)した結果、風聞の正しいことが立証されました(下表)。メニエール病患者群は、自分をおさえて熱心に仕事をする傾向(自己抑制行動、熱中行動)がきわめて強く(有意に、危険率<1%, 0.1%)、気晴らしが苦手で、イライラする傾向(攻撃行動)の強いことが判明しました(下表)。一方、めまいを欠くメニエール病―低音障害型感音難聴(蝸牛型メニエール病)―は、熱中や我慢行動が弱く、時間に追われる傾向の強いことが確認されました(下表)。

行動特性、患者と地域住民の比較

発症誘因を調べると事情はいっそう明らかです。メニエール病のデータベースで、発症誘因を集計しました(下図、2018)。男性は多忙、職場ストレスが頭抜けて多く、これにつづく項目の多くも職場関連です(下図、左下)。女性は兼業や育児の多忙、家庭内トラブル、家庭不和、職場ストレス、介護・ケア、親(子供)と同居、職場対人ストレス、家族の病気・死とつづき、家庭・家族に関わる項目が多くをしめます(下図、右上)。メニエール病が女性に多いのも納得できます。育児と仕事に追われる女性、家庭不和や介護で心労の絶えない女性、合わない職種や上司のもとで働く勤労者、長時間勤務の勤労者、対人業務で気遣いする接客・販売業務、シフト制で不眠や体調を崩しやすい現場作業など。我慢を強いられて報われない生活環境―報酬不足―が発症の引き金となります。

メニエール病患者1,337名の発症誘引(重複あり)

7)教訓的症例

多忙や我慢、奉仕業務が、なぜメニエール病を発症させるか不明ですが、参考になる複数症例を紹介します。最初の症例は、受診時66歳の男性で。若い頃、長距離トラック運転手で、睡眠時間を惜しみトラックで寝起きする、多忙な生活がつづきました(下図)。42歳のとき左耳の難聴と回転性めまい発作が起き、くり返すようになります。複数の医療施設で種々の投薬治療を受け、その後18年間、某大学病院で投薬を受けてきました。めまいは軽快しましたが、難聴は進行、固定しました(下図、上段)。2006年8月の当施設受診時には、左耳(×印)の難聴は進行し、右耳(○印)も低音と高音が少し低下していました(下図、下段左)。

症例:77歳男性、長距離トラック運転手、多忙

退職してパートの清掃業務でしたが、充実感に欠け不活発な生活なので、ジムで有酸素運動をすすめしました。几帳面な性格で週三回ジムに通い、それ以外の日も野外で2,3時間強歩し、汗を流す生活に変わりました。有酸素運動を開始して4ヶ月目に、固定した難聴が改善しはじめ、7ヶ月目にほぼ正常聴力に回復しました(上図、下段右)。

有酸素運動開始1年後に完治

一時体調をくずし再発しましたが(上図、上段)、運動開始1年後に聴力は正常に回復し、耳鳴も消失しました(上図、下段中)。この状態が約2年間つづきました(上図、下段右)。
70歳でパートの清掃業務を定年退職し、心労のためか体調不良となり、不眠、健忘、聴力低下を覚えるようになります(下図、上段左)。2009年11月心筋梗塞を発症、一時心肺停止となり、救急蘇生とバイパス手術で救命されます。退院後も安静の日々がつづき、両側聴力は急速に低下しました(下図、上段中、右)。

症例:70歳パート清掃退職、体調崩し不眠、健忘、耳鳴自覚

2010年5月受診時には会話も困難で、筆談となりました。その後、有酸素運動を再開し、両側聴力は急速に改善しましたが(上図、下段左)、主治医からDr.ストップがかかり、軽い運動のみ許可されます。2012年4月の聴力は2006年8月の聴力に酷似します。その後、来院しなくなり、2017年3月電話したところ、久し振りに受診しました。左は高度に低下固定し、右は低音障害がありますが、会話は可能でした(上図、下段右)。

下図は左右の5周波数(250, 500, 1k, 2k, 4kHz)平均を、前施設の聴力図をふくめ29年間にわたり、初診前後の月数で示したものです。有酸素運動を連日実践した期間は、クレバスのように平均聴力0デシベル(小学生なみの聴力!)を示しますが、長期的に見ると、両耳とも少しずつ進行しています。この患者さまの経過は示唆に富んでいます。①発症24年目の固定した難聴も、回復し得る。②連日、有酸素運動を長時間実践し、まず回転性めまいが消失し、耳閉塞感、耳鳴が軽減、消失し、さらに難聴が改善した。③体調不良や安静がつづくと再発しやすく、聴力も悪化する。④長期的に見ると、一旦軽快しても、聴力は次第に悪化する傾向がある。

初診前後の経過月数

症例:44歳男性、大学教員

上図の患者さまは、2009年民間企業研究職から、人員削減で某市外郭団体に転職し、市、大学、企業のコーディネーターとなりました。職場ストレスが昂じ2009年8月左メニエール病を発症し、難聴が進行し2012年9月に受診しました(上図、上段左、中)。有酸素運動をすすめましたが、冬は積雪でできず、ストレスがつづき難聴が増悪、固定しました(上図、上段右)。2014年1月、年来の希望であった大学教員に就職が決まると、直後より聴力が改善し始めて正常となり、以来、正常聴力を維持しています(上図、下段)。下図は、この患者さまの左聴力5周波数平均を、発症後月数で示したものです。転職後に発症し進行したあと、大学に異動で短期間に難聴が改善しています。本例はストレス環境の有害性と同時に、情動がメニエール病に深く関わることを示唆しています。

5周波数聴力レベルの平均

症例:57歳男性、半導体エンジニア

この患者さまは大手電機メーカーの半導体エンジニアで、35歳の時、職場ストレスで右メニエール病を発症し、罹病17年目に紹介受診しました(上図、上段)。有酸素運動を熱心に実践しましたが、職場ストレスが大きく難聴は進行し(上図、下段)、その後、会社が解体され、別会社に異動しています。几帳面、仕事熱心な方で、6年間、前施設と当施設に毎月欠かさず受診しています。厳しい職場環境から、両側メニエール病に移行して不思議のない例ですが、運動実践で健側の発症は予防されています。しかし、右聴力の5周波数平均は少しずつ進行し(下図)、一旦発症すると、ある程度進行は避けられないようです。

5周波数聴力レベルの平均

症例:51歳男性、ピアノ製造管理職

この患者さまは企業管理職で、51歳時、ヨーロッパで5年間、支社の統廃合に従事しました。渡欧直後より仕事のストレスが大きく、右メニエール病を発症し(在欧中の聴力図はドイツの大学病院の検査)、5年後には、難聴が高度に進行していました(上図、上段右、下段左)。2012年2月に受診し、有酸素運動をすすめましたが、7ヶ月後、3回目の受診時(遠方在住)には、左耳も低音障害を示しました。帰国後も管理職のプレッシャーが大きかったようです。以降、受診していません。ストレスが強大であると、ストレス源を軽減しない限り、有酸素運動には限りがあり、また運動にも身がはいらず、短期間に進行してしまいます。本例は、メニエール病でストレス対策がいかに重要かを示しています。

8)メニエール病の治療の歩み

下図は「5)メニエール病研究の歩み」で示した表のうち、治療論文を年代別に集計したものです。1960年代は、回転性めまいを止めるために、迷路破壊術が実施され、1970年代からは内リンパ嚢開放術が盛んにおこなわれました。これは病態が内リンパ水腫なので、膜迷路の端の内リンパ嚢を切開し、ドレナージをはかろうというものです。組織に切開を加えても、生体の傷を治そうという本来の機能で、切開口はすぐに閉じてしまいます。科学的にナンセンスな治療で、年々、おこなわれなくなってきました。同じころより、内耳前庭器と脳をつなぐ前庭神経を選択的に切断する前庭神経切断術が広くおこなわれましたが、後遺症が大きく、現在はほとんど実施されていません。

これらに代わって登場したのが、鼓膜内に内耳毒性のアミノグリコシド抗生物質を注入し、内耳機能を低下、消失させる手法です。一番多く用いられるのが、ゲンタマイシンです。2000年代に盛んに実施されましたが、内耳破壊には違いなく、難聴を増悪させるため、現在は急速に減少しています。近年は内耳毒に代わって、ステロイド薬を注入する手法がおこなわれています。しかし、効果は曖昧で推奨できる治療とはいえません。非外科的治療としては、近年中加圧器具(メニエット)が時に使われますが、回転性めまいに一定の効果が見られますが(理由は不明)、難聴にはまったく無効です。このように、メニエール病の病因と同様に、これまでの治療はほとんどが対症療法の域を出ていません。

Webによるメニエール病治療論文の検索 (n=1,711, 1950-2010)

9)新しい治療

「7)教訓的症例」で紹介したように、24年前発症の男性のメニエール病患者さまの固定した難聴が、連日の有酸素運動の実践で、1年後に完治しました。この体験から、2007年以降はすべてのメニエール病患者さまに、ストレス対策と有酸素運動をすすめてきました。具体的には、①熟睡の工夫:必要であれば入眠薬を処方します。②手抜き:我慢を減らし、頑張りすぎないようにする。③発散:女性であれば、同性とおしゃべり、会食、歌、旅行を心がけ、男性であれば、週末の趣味の実践やスポーツを楽しむようにする。④有酸素運動の実践:当初は週3回以上1時間以上でしたが、その後不十分なことがわかり、現在は毎日1時間20分を勧めています。⑤無投薬:大多数が過去、現在、浸透圧利尿剤他、時にステロイド薬を投薬されており、ステロイド薬の副作用の恐ろしさを説明しています。

有酸素運動とならんで、ストレス環境の対策も不可欠です。職場は給与を得る手段と、割り切るようにお話し、自宅に仕事を持ち帰らないようお話しします。必要な場合の入眠薬以外、投薬をすべて中止しますが、もともと薬は無効なので、中止しても何も変わりません(浸透圧利尿剤中止で頻回のトイレがなくなります)。長時間勤務の方には、診断書を書き、運動実践のための時間を確保するようにします。「3)難聴は規則的に進行する」項の、経時的な聴力悪化の図を説明し、患者さま自身が危機感をもつことが、治療の成否を左右します。

10)治療成績

10-1)めまい

6ヶ月以上(平均19.4ヶ月)観察した351名のめまいの予後

有酸素運動はめまいに奏功し、連日実行すると1,2ヶ月以内に嘘のように消失します。初めのうち回転性めまいが時に起こりますが、頻度が減ってゆき消失します。メニエール病のめまいは、激しい回転性めまいが数時間つづくもので、軽いめまいは浮遊耳石由来といえます。メニエール病の約30%が、良性発作性頭位めまい症(BPPV)を合併しています。6ヶ月以上観察した351名の集計でも、初診時27.9%がBPPVを合併していました。再発予防指導をあわせておこない、94.3%でめまいが消失しています(上図)。投薬は一切していません。経験的に、有酸素運動を始めても初めは、めまいを経験しますが、大多数で開始1,2ヶ月後に消失します。

メニエール病の手術(内リンパ嚢開放術)、ゲンタマイシンの鼓室内注入、中耳加圧治療すべてが、回転性めまいの軽減を目的としているので、これらの治療は不要になりました。事実、当施設で本治療をすすめ、めまいの制御が不成功に終わった例は、精神疾患を合併したわずかの例だけです。有酸素運動を実践しても時々おこる軽いめまいは、大多数が浮遊耳石由来です。有酸素運動を開始し、早期に回転性めまいが消失することこそ、メニエール病が内耳固有疾患でなく、内耳機能の恒常性の低下の結果を物語ります。

10-2)聴力

下図は「3)難聴は規則的に進行する」項の、罹病期間と聴力の図を利用して、治療前後の聴力を比較したものです(Otology Japan 25巻、828-835, 2015)。メニエール病の聴力は、罹病期間の対数に比例して進行するので、この性質を利用すると、同じ罹病期間の異なる群の聴力の良否を比較できます。横軸は罹病期間の対数、縦軸は聴力正常、低音障害、高音障害、全音域障害の割合をしめします。図Aは当時集計したメニエール病患者さま1,008名のうち、罹病6ヶ月を越える869名の分布です。図Bは6ヶ月以上(平均1年5ヶ月)観察できた319名の、初診時の聴力分布です。図Cは図Bの319名を6ヶ月以上観察した最終の聴力分布です。

治療後の図Cの聴力分布を、罹病期間別に、図Aと図Bの聴力分布と比較しました。図C上の印*, **, ***, ****, *****は、カイ二乗検定し統計学的に危険率5%, 1%, 0.1%, 0.01%, 0.001%で有意の差をあらわします。数字が小さいほど、二群間の差が大きいことをしめします。A群とC群は大きな差をしめしますが、対象が異なるので差を云々できませんが、B群とC群は同一集団なので厳密な治療前後の比較になります。この結果、罹病8年以内では、治療により1%の危険率で、聴力の有意な改善が立証されました。

罹病期間(ほぼ対数表示)

その後、6ヶ月以上(平均19.4ヶ月)観察した351名を、罹病2年以内の130名と、2年をこえるに221名にわけて評価しました(下図)。罹病2年以内では、低音障害が半減し正常に改善しましたが、高音障害と全音域障害の割合は変わっていません(下図、左)。罹病2年をこえても、低音障害は半減し、全音域障害の割合が少し減少しますが、高音障害がふえ、両者を合わせた割合は変化しません(下図、右)。これより、罹病期間をとわず、低音障害の半数は正常に改善し、全音域障害も少し改善しますが、高音障害と全音域障害を合わせた割合は変わらないといえます。

6ヶ月以上(平均19.4ヶ月)観察したメニエール病351名の患者の聴力予後

見方を変え、初診時の聴力別に治療後の成績を調べてみました(下図)。初診時、聴力正常は7名にすぎませんが、半数以上で聴力が悪化しています(下図、左上)。初診時、低音障害の78名では、37%が不変、30%が正常に改善、33.3%が悪化しています(下図、右上)。初診時、高音障害の96名では、約半数が不変、19%が改善し、このうち12.5%が正常になり、29%が悪化しています(下図、左下)。初診時、全音域障害の170名では、72%が不変、28%が改善しましたが、正常に回復した割合はわずかに4.1%です(下図、右下)。

6ヶ月以上(平均19.4ヶ月)観察したメニエール病351名の患者の聴力予後2

聴力の成績はめまいに比べきわめて不良ですが、聴力が改善しない場合でも、有酸素運動の継続で、耳閉塞感、耳鳴が軽快・消失した例を多く経験しています。まず、回転性めまいが消失し、耳閉塞感が減弱・消失し、耳鳴が軽快・消失し、最後に難聴が回復します。難聴が高度に進行した例は、健側発症の確率が高くなりますが、有酸素運動の継続は、健側発症を予防する効果があります(症例3例目、57歳男性)。メニエール病はストレス病なので、並行してストレス対策が不可欠です。これまでの症例や集計結果をまとめると、メニエール病がなぜ発症し、いったん発症するとなぜ高い確率で進行するか、なぜ有酸素運動は効果があるか、を解き明かすことができます。

11)メニエール病発症の仮説

メニエール病の生物学的解釈

エール大学の脳科学者Paul D MacLean博士は、1970年代にThe Triune Brain Theory(三位一体脳理論)を提唱しました。人類の脳は、爬虫類レベルの反射脳(脳幹)、初期哺乳類レベルの情動脳(大脳辺縁系)、人類で発達した理性脳(大脳新皮質)が三位一体となり機能する、とする説です。考え方はストレス病の理解に有用です。すでに爬虫類レベルで、存在誇示(えばる)、挑戦(強いものを引きずり落とす)、へつらい(強い個体にすり寄り、甘い汁を吸う)、服従(支配される)の四行動を区別できます(上図)。「6)素因と発症誘因」の表でしめした、メニエール病患者さまの強い我慢や熱中は、周囲の希望に沿うへつらいや服従に該当し、発症誘因の多くがこのカテゴリーに属します(上図)。

一方、周囲に命令し従わせるのは存在誇示に、相手に反論するのは挑戦に相当し、発散なのでストレスはたまりにくいのです。メニエール病患者さまで、これらの行動をとる方は稀です。生活環境、行動のクセ、発症誘因、さらに進化生物学の知識を取り入れると、病気の理解が容易になります。メニエール病患者さまの多くは、自己主張やリーダーシップが苦手で、周囲からの高い評価を満足とする傾向が強く、上司や周囲の要望に沿うよう励みます。このため多忙、我慢、奉仕など無理が重なります。感謝、待遇、給与(報酬)で十分報われれば心労は減りますが、期待した報酬がえられないと、快・不快の収支バランスが赤字となり、生物学的に見合わなくなります(下図)。

メニエール病発症メカニズムの仮説(高橋)

ストレス病は消化器(過敏性腸症候群)、循環器(不整脈、狭心症)、脳(うつ、適応障害)、皮膚(頑固な湿疹、脱毛疾患)ほか多数があります。なぜ内耳がストレスの標的になるか不明ですが、メニエール病では内耳機能の恒常性がそこなわれ、内リンパ水種が生まれます。一旦この症状が出現すると、次のストレスでも同じ回路が刺激され、自律的に病状が進行してゆくと考えられます(上図)。長期化すると、膜迷路をおおう薄い膜(ライスネル膜)が伸びきって、もとのピンと張った状態に戻りにくくなります。発病早期であれば、自然治癒力で軽快しますが、長期化すると回復しにくくなります。

明らかな心労やストレスがなくても、不規則や不健康な生活(深夜帰宅で遅い夕食など)や、極端な運動不足で発症する患者さまが時にいます。代謝の不活発は、自律神経機能を阻害し、内耳の機能恒常性をそこなうのでしょう。有酸素運動が奏功するのは、毎日、規則的に心拍数の高い運動により、全身の血液循環と代謝が向上し、情動中枢にもプラスとなり、自然治癒力が高まり、内耳恒常性が修復されるためと考えられます(上図)。浸透圧利尿薬は、使用のごく初期は見かけ上、聴力を改善させますが、非生理的な水分排出(血漿浸透圧の上昇)は体に有害なため、すぐに効果が打ち消されます。2リットル/日の水分摂取を勧める医師がいますが、同様に、非生理的な水分摂取は有害なため、過剰な水分はすぐに排出され、効果は期待できません。

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